2006年06月09日

にんべん関係

ひさびさにちゃんとした(?)仙人談義。

辛い憂世に夢を持とうと、
宝くじを買う人もいると思われます。
この世とは本当に、憂きものです。
六月を迎え、五月病と言えなくなってしまった
人々の中には、きっとこんな風に考える人もいると思います。
「仙人のように、世のしがらみを捨てて、
 霞を食べていければどんなにいいだろうか。」


そんな方々をさらに落ち込ませてしまうようで
申し訳ないのですが、
今回は「仙人だって楽じゃないのよ」特集をお送りします。
仙人は、「人」という字を二つも持ってる限り、
やっぱり基本的には我々と同じ人間なのです。


まず、仙人には種類・階級があることを紹介します。
天仙>地仙>尸解仙です。グレード的には。
天仙は天界に、地仙は地上に住んでおり、
尸解仙というのは、一旦死んだように見せかけて
実は魂だけが体から抜けて、
その後、容れ物である身体と結びついて仙人になる者
のことです。

こんなヒエラルキーが存在していることも驚きですが、
地仙くらいになってしまえれば、その後
天仙と地仙、どっちになるかは自由意志のようなのです。
じゃあ天仙になったほうが
いいんじゃない?階級高いし。
と、考えるかもしれませんが、
それがそうでもないのです…。


地仙のうち、天仙に昇進しようとする者は
多くはなかったといいます。
なぜかというと、

「天界に行ったら、大神仙ばっかだもんな。
先輩もいっぱいいるし、苦労しそうだもんな。
だったらどーせもう地仙になったんだから
死ぬわけじゃないし、もうちょっと人間界で
遊んで遊んで、遊びまくってから天界行けばいーや」

という心理の末、らしいです。
意外にも、仙人になったら無関係と思われた
上下関係が、仙人のトップである
天仙界にもあるというのです。
そして面白いのが、しがらみたっぷり
に思える俗世(人間界)のが楽しそうと
考えているところです。

仙人は山でひっそり暮らしているという
イメージも強いと思われますが、
人間社会にひょっこり顔を出して、
効き目ばっちりの仙薬(元手ゼロ)を
安価で売って、その売上金で
居酒屋でちょっくら酒をひっかける…
という仙人もいたようです。
そういえば仙人て、酔っ払い多そうですね…。


仙人には「人」という字が二つも存在していて、
やっぱりやっぱり、人間なのです。
仙人にとっては、むしろ天界よりも地上の方が
しがらみが少なかったのでしょう。
どこかで異種で、どこかで同種の人間界の方が
楽しかったのでしょう。

というわけで、
俗世のしがらみを捨てて仙人になりたいなぁ
と思っている方には、
地仙になることをオススメします。
どうせ仙人になるのなら、
やっぱりヘラヘラしたいものです。
posted by Cui at 12:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 仙人談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月30日

仙人バトン


remuさんがやってるのを見て、珍しく自分から答えたいと
申し出たバトンです。
まわす人に好きにお題を出せるもの。
お題は「仙人」!
ナイスです、remuさん。

で、せっかく仙人だし、最近またあんまり仙人について書いていないので、
例外的にカテゴリを仙人談義とします。
そして例外的に、隠しません。
ということでどうぞ。どうも。


Q1.今本棚にある「仙人」

道教関係なら今沢山置いてありますが、
仙人となると、
知切光歳さんという方が書かれた、「仙人の研究」のみです。
祖父の形見…というか、面白そうだったので
法事の時に勝手に持って帰ってしまったものです。
わたしが仙人に興味を持ったきっかけともいえます。 


Q2.今妄想してる「仙人」

ある日、映画館へ行くとお客が私をいれて二人。
おじいさんが一人だけ、スクリーンの真ん前で観ていました。
映画が終わると、おじいさんが私に近づき、
きみは仙人になるのが向いているよ、と言い、
私に仙術を授けてくれたのです。
そして私は仙人になり、俗世のしがらみからはさようなら、
でした、
とさ。


Q3.最初に出会った「仙人」

最初かどうかはわかりませんが、
上述「仙人の研究」内に書かれている、
天竺(インド)の一角仙。
一角仙はある雨の日、すべって大切な瓶を壊してしまいます。
すると一角仙は大怒り。
「雨なんてものが降るからこうなるんだ!」と、
雨を降らせる竜神をある水瓶の中にとじこめてしまいます。
そしてその後、12年もの間雨は降らなかったらしいです。

こんなふうな、
仙人のワガママで人間臭いとこに惹かれました。


Q4.特別な思い入れのある「仙人」

八仙のひとりである、張果老という仙人。
彼はいつも白いロバにまたがってます。
ロバは一日に数万里も歩けたといわれてますが、
さらにびっくりなのは
そのロバは折りたたんで紙くらいの厚さにできるらしいのです!
ロバに乗らない時はそれを持ち歩き、
またロバに乗りたかったら
水をかけると元の姿になったといいます。

張果老というか、彼のロバが気になります。
わたしも欲しいです。


ということでして、
ジャックさん、よろしければ「映画」をテーマに
とくと語ってください。
posted by Cui at 12:18| Comment(3) | TrackBack(0) | 仙人談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月03日

鬼は外、桃の内


桃の節句です。
おはなをあげましょもものはな。

去年台湾の故宮博物院へ行った時、
日本のツアー客のこんな言葉が耳に入りました。
「仙人って何でモモ持ってんの?」

なるほど、これは仙人研究生としては調べねばなりません。
すもももももも、なにか関係がありそうです。


中国語で桃はtaoと発音しますが、
日本と同じ様に、違う字で同じ発音、というのが
中国でももちろんあります。
同じtaoという発音のものの中に、「逃」というのがあって、
この字は「悪鬼から逃れる」とか、
そういった意味が含まれているそうです。
そこで同じ発音の「桃」にその性質をかぶせ、
「桃=魔よけ」
という構図をとるようになったようです。
寿命を縮める悪鬼と不老長寿の仙人が対極に置かれ、
そして桃が仙果として現れるようになったのでしょう。

あとこれは卑見なのですが、
「桃太郎」は桃から生まれて、鬼退治をしますよね。
これもこの図式にのっとってるのではないのでしょうか。
桃太郎が連れた犬、猿、キジも、
中国の五行説における十二支(子丑寅…っていうアレです。)
で、鬼門である丑寅と真逆の方位にある
申・酉・戌(サル・トリ・イヌ)からきていると聞いたことがあります。
お供も必然だったならば、桃から生まれたのもそうだったのでは
ないかな。

桃の節句に関するお話も一つ。
日本の古い話の中に、蛇の子を孕んでしまった女が
桃の酒を呑んで蛇の子を堕ろした、というものが
あるそうです。
(人から聞いた話で、読んだ事はないのですが。)
そしてそれが、
ひなまつり(桃の節句)と関係あるとか何とか…
女の子を守る、ということでしょうか。
面白い話なのに、おぼろげにしか覚えてないのが悔しいです。
出典がわかる人いたら、教えてください。


今日はたのしいひなまつりです。が、
桃の節句も節分も、なんだか鬼は外ばっかりで、
鬼がちょっと、かわいそうになりますね。



posted by Cui at 08:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 仙人談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

虫のわるい話

先日あるおともだちより、
「仙人関係の項目はどうなったんだ」との問い合わせあり。
わ、忘れてたわけじゃありませんよ。
ほら、ちゃんとやりますよ。
けど、今回は仙人というより道教よりです。

最近暖かい日も増えてきて、
花粉ももうすぐ舞うかも、という時期になりました。
つらいひとは本当に辛そうですね。
また、今年の冬は寒かったので風邪をひいた方も多いかもしれません。
くしゃみ、鼻水、発熱…
人はよく病をもちます。

道教では、病気は体内の三匹(と数えていいものかどうか)の
虫のせいだとされています。
そういえば日本でも、「虫歯」とか「虫の居所が悪い」とか、
「虫の知らせ」(これは違うかも。)、「虫の息」(絶対違う。)
というように、虫はよく現れますよね。
「ね。」って言ったって、こんな例じゃ納得いかないでしょうけど…
驚くのはその姿です。

頭部中央(上丹田)をに住む「青き老人」とも呼ばれる虫は、
どう見ても人間。しかも学者っぽい。着物まで着ちゃってる。
こいつは鼻づまりや、禿頭をひきおこすらしいです。
こいつさえいなければカツラなんて必要ないのに、と怒る人もいるでしょう。

心臓(中丹田)に住む虫はなんだかよくわからないけれど獣の姿。
通称「白き姫君」。何で獣なのか。そして何で姫なのか。
謎は深まります。
こいつは精神障害をひきおこす、惑わしの姫君です。
五月病とか、多分これのせい。

で、臍下(下丹田)に住むやつは、なんと牛の頭と人間の足をもっています。
通称「血まみれの屍」。おどろおどろしい感じですね。
こいつは胃腸障害や骨皮の病、あとこいつも精神障害も起こすようです。
私の胃の弱さはこいつのせいだったのか。

この3匹の虫(「三尸」)の図を是非見てもらいたかったのですが、
画像が見つけられなかったので、
下丹田に住む「血まみれの屍」だけ描いてみました。
こんなやつです↓

      P2160482.jpg

こいつのせいで私の胃は…!

こいつらを撲滅すれば長生きできるらしいのですが、
それには辟穀(米、きび、あわ、麦、豆など穀類を絶つこと)が必要らしく、
仙人になるには避けては通れない道のようです。
お粥のおいしい中国で、お米を食べちゃいけないのってすごいですね。
私にはこれはできそうにもありません…。
ということで、わたしはこいつと死ぬまで一緒のようです。
こいつに殺されてしまうかもしれませんが、仕方ありません。

「この前のあいつは虫の好かないやつだった。」
さて一体、どの虫でしょうね?
「腹の虫がおさまらない」場合は、臍の下にいる「血まみれの屍」なんでしょうか。

posted by Cui at 07:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 仙人談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月20日

かゆいところに手が届く


「おじーちゃん、おじーちゃん」
「太郎かい」
「おじーちゃんなにやってるの?」
「いやなに、背中が痒くてねぇ。」
「じゃあ太郎、掻いてあげるよ。どこ?」
「ああ、ありがとう、太郎。」
「おじーちゃん大すきー」
アハハ アハハ アハ…
なんだ夢か。あぁ、太郎が小さい頃の夢をみておった。
次の正月も帰ってこんのかのぅ。
プルルルルル
「はい」
「もしもし?おじーちゃん?」
「太郎かい?」
「うん。元気? あのさ、次の正月、久々に行ってもいい?」
「太郎、ああ、いいよ。」
「また背中痒かったら、掻いてやるからサ。」
「太郎……」
「俺がいない時は、孫の手使えよ」
「ああ、太郎や…」

なんて孫の手のCMが作れそうですが、
いいえ、実は作れません。だめですよ。
実は、「まごのて」は「孫の手」ではありません。
おじいちゃん、悲しませてごめんなさい。

辞書でひいても「まごのて」は「孫の手」と出ますが、
「まご」は実は仙人の名前です。
正確に言うと「麻姑」の手、まこのてです。

麻姑仙人は一体どんな仙人なのかというと、
女の仙人で、とびきりの美人なようです。
なんで麻姑の手が売られるのか、それは、
麻姑の爪が鳥のように長いからです。

『神仙伝』には、麻姑の長い爪を見た蔡経という人が、
「ああ、背中が痒くてたまらないとき、あんな爪で
背中が掻ければ気持ちいいだろうなぁ」と考えていると、
その心を読み取った方平(王遠)という仙人が怒り、
「麻姑は神人なんだぞ!なんてことを考えるんだ!」
と言って鞭打ったそうです。
けれどその鞭は背中に当たるのが見えるだけで、
持っている人の姿が見えなかったそうです。
「予の鞭は滅多に頂戴できるものではないぞ」と言う方平。
ちょっと得意気?

背中は本当の孫に掻いてもらうとして、
孫がいない時は、美人の麻姑の手を使ってください。
今はもう、鞭をふるわれることもありませんから。
posted by Cui at 09:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 仙人談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

こんにちは赤ちゃん

今回から、唐突に仙人のコーナーが開始されます。
あんまり唐突すぎて、なんの感慨も生まれませんね。
気にしないでください。

さて強引に始まってしまって、第一回。
何を取り上げるのかと考えたのですが、
ずばり、老子さんにします。

はてはて、老子って誰でしたっけ?
孔子ならすぐ浮かぶけれど…という人も多いかもしれません。
皆さん、倫理の授業を、世界史の授業を思い出してください。
儒教にならぶ道教。孔子にならぶ老子です。
老荘思想の老子です。
無為自然の老子です。
テスト前、「無為自然だ」なんて言って
老子をタテに勉強を怠けた人もいるはずです。
ただ、道教の創始者は張道陵という人になっているんで、
なんだかまぎらわしいですね。

そんな老子は仙人か否か?
それは不明ですが、『史記』には160歳余りとも、200歳余りとも
書かれています。不老不死というのが仙人の特色ですから、
それに基づけば老子も仙人といっていいでしょう。
また、仙人を羅列した本『列仙伝』や『神仙伝』にも、
老子が入っています。

彼の生まれ方はいろんなことが言われています。
列挙するとこんな感じです。

・母親のおなかのなかに72年もいて、ようやく、何故か脇から
生まれて、生まれたときには既に
白髪で杖をついていた(だから「老子」という)。

・母親が李(スモモ)の木の下に行った時に生まれて、
生まれるなり「これをばわが姓となすべし」と言った
(老子の本名は「李重耳」と言われてます。この場合、
母親の姓が「老子」だっとといいます)。

・ある日家の近くで巨大な流れ星が落ち、
その衝撃で母親が老子を身ごもった。


こんなへんてこな産み方・生まれ方をした人が、
実は中国には沢山いるらしく、
お父さんが死んだ時におなかから出てきたという皇帝も
いれば、
巨人の足跡を見て踏みたくなって、踏んだら懐妊してしまった
という女性もいます。
あと、太陽や月を呑んで懐妊した人とか、
きれいな卵や石をついつい呑んで身ごもった人も…

そんな風にして生まれた人はたいてい英雄で、
母親がかつての皇帝と血のつながりがある、という場合が多いです。
モノに触れて子を産む、
感生説話とか異常発生譚とか言われてます。
そういえばギリシア神話なんかも神の生まれ方、変ですよね。
非凡な人は生まれ方も違います。
面白いですね。

さて老子や仙人から話が反れてしまいました。
老子はそのあといろいろやって教科書に載るくらい有名に
なりましたが(適当)、
ある時から消息が不明になってしまいます。
一説によると、釈迦になったといいますが……。


ええと、不慣れなもので、非常に疲れましたが、
だんだん慣れて、面白いコーナーになればな、と思います。
台北レポートのように挫折しないように頑張ります。
面白い本などあったら、どしどし教えてください。
というわけで仙人談義、はじまりのおわりです。
posted by Cui at 10:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 仙人談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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