2009年05月14日

京都から二千匹発送しました。

燐光群公演
「京都から二千匹発送しました。」@梅ヶ丘BOX


燐光群の舞台をBOXで観たくて、チケットをとりました。
あの狭い狭い、舞台と客席の境目のない空間で体育座りして、
今回も痛いテーマ。
ただ、今回はやさしさがメインでしたが。


京都から二千匹発送しました。.gif


お芝居のもととなっている実際の事件については
恥ずかしながら知りませんでした。
部活動の最中に起こった事件から、昏睡状態になった女子中学生。
学校側の「対応」については、
冒頭で語られた台詞がほぼ現実なんだと推察できますが
舞台は「それから」の、家族や友達や、
事件後にやってきた先生たちの話。
重たいテーマなのに、普通の劇と比べてもややコミカルに進みます。



「下敷きになっている事件の裁判は、今年の3月に判決が出ました。
 原告である家族の側の主張がほぼ認められた、
 全面勝訴という形で終っています。
 勝訴と言っても娘さんの意識は回復するわけでなく、
 娘さんとともに家族の生活はずっと続いていきます。」


パンフレットに載っていた、制作者のことば。
ここなんだろうなぁ、と思います。
「二千匹」は、日本人なら一度は触れたことのあるだろう動物で、
この動物の意義は、結局観念的なものでしかないけれど
そこに必ずしもやさしさが含まれているかはわからないけど
生活はずっと続いていく、
そこにこの動物は、やっぱり必要なんじゃないかと思います。
裁判が終われば事件が終わり、っていうものじゃないから
事件の後に続いてく怒りややさしさは、
ここに根付いてるのじゃないかと、今はそんな風に思います。
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2009年03月01日

ピランデッロのヘンリー四世

「ピランデッロのヘンリー四世」@世田谷 シアタートラム

ピランデッロのヘンリー四世.jpg


世田谷のチラシをもらった時点でパブリックシアターしか
思い浮かばなかったので
今回もついついキャロットタワーに入ってしまったのですが
劇場にお休みの札がかかっていて冷や汗でしたよ。
シアタートラムだったのか!と気づき慌てて外へ出て
何食わぬ顔で入場したのでした。


白井さん目当てで行ったのです。
前々から白井さんの舞台には興味がありまして。
当日チラシをもらって初めて知ったのが
このお芝居がかつて高校の世界史で初めて強い興味を覚えた
「カノッサの屈辱」まわりを題材としていて
急に興味深々。


観終わった感想としては、今一つ面白いと思いきれなかったということですが
たまーに台詞がひっかっかって
「空白の20年」「ヘンリとしての20年」「周りの人間の20年」
のくだりが印象深かった、と手帳に書き記されています。
(実際どういう台詞だったかもう忘れてしまったので
 自分でも何のこっちゃですが。)

あと、白井さんの役が自分の中で期待していた
舞台俳優・白井さんに割り当てられる役とちょっと違っていて
どちらかというと主演の串田和美さんからの光彩に
心揺らされていました。


しかし仮装パーティーで歴史上の人物になったり
そこで「カノッサの屈辱」の王になろうという発想は
すごく良いですね。
そういう娯楽を実際にやる人がヨーロッパに多いのかはわかりませんが
なんだかその発想がとても羨ましいです。
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2009年02月19日

大駱駝艦

maro.jpg

大駱駝艦・麿赤兒
「シンフォニー・M」@世田谷パブリック・シアター



はたらきものの権利を行使し世田谷へ。
麿さんには特別な思い入れがあったわけじゃなかったんですが
ここでできましたね。思い入れ。
パブリックシアターへ向かうのは久々。田中泯さん公演以来ですね。
今回はすごくいい席でした。前から四番目くらい。
(パブリックシアターはどこに座ってもわりといい感じですが、
 やっぱり近いと圧巻です。)

外国の方も少なからず来ていて、
麿さんの日本の妖怪っぽさに魅かれてるのかなと思いきや
舞台を観てがらり、
どちらかというと、まんま外国(西洋)の世界観に感じ取れました。
別にドレスを着ているからではなくて
日本風でない鏡が置いてあるからではなくて
なんとなくとしか言えないのですが
でもモダンバレエの様な、西洋の空気です。
ラストの動く舞台で踊る麿さんなんて特にそうでしたね。
もちろん妖怪でもあるんですけど。

お弟子さんたちといってよいのか、
あのトカゲみたいな白い人たちにもくらくらでした。
動くたびに白粉が舞って
匂いがかぎとれそうな気分にもなって。
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2008年12月13日

マメさん

劇団☆A・P・B-Tokyo公演「田園に死す」@ザムザ阿佐ヶ谷

田園に死す.jpg



となりの映画館にはよく行くのですが
ここの劇場に入るのは初めて。
向かうのが遅れたからなんですが、
天井、低いです…。


映画を観ていたので、頭には入りやすかった
というか、この劇団はきっと
寺山の戯曲を自分たちなりに表現すること、よりも
寺山の世界を再現すること、に目的があるだろうので。
その意味では、もうすでに寺山自身の手によって
完璧に映像化されている作品を再現するのって
どうなんだろうなぁと考えてしまうのですが。
でも再現の楽しさも理解できますからね。
どうしても同じにはならないのだし。


空気女の夫役、マメ山田さんに釘付け。
映画『9souls』のときから
いやきっともっと前から
マメさんを慕っています。
(私なんぞが気軽に「マメさん」と呼べるお方じゃないのですが。)
次公演を観に行く機会があったら、最前列にしようっと。
そしたらマメさんだっこできるかもしれないし…。


あとは主人公の少年の母親役の方がよかったです。
全体的に、嫌な人はいませんでした。
好きな人やその作品って、他の人の手にかかると
どうしても一歩ひけてしまうんですが
そんなに抵抗感もなかったですし。
あーでも、最後の「現代」の場面は不要だった気がします。


こういうのってどうしても、
観た後に元の方が観たくなってしまうんですよな。
あの美しすぎる八千草さんとか、芳雄ちゃんとか。
やっぱりテラヤマはテラヤマだから。
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2008年04月09日

絵も諸なる


エモリハルヒコさん絵芝居@下北沢lete


単独ライブを観るのは初のエモリハルヒコさん絵芝居…!
それもleteで。
小さな小さなセカイ。

いつも誰かのライブのゲストで、2話程度しか観れないんですが
この日は単独だもんで、7話、
しかも、全て初めて観る話ばかりでした。


観ている間、心の中では、
『No.5』で五郎のプレッシャーに号泣して
『パッカパッカ』で馬のあまりの軽快さに唖然として
『からあげの日』でトリあえずトリみだして
『電車』(←正式タイトル忘却)で売り子さんに心を鷲掴みにされて

しばし休憩…

『橋』(←正式タイトル忘却)で詩人の愛を考え
『かいかいるんじ』でギタリスト・Nobさんの
 はんなりとした鋭いつっこみに衝撃を受け、
『No.5』で再び号泣。


悪い意味のニュアンスさえ除けば、
せせこましい、という言葉がしっくりきます。
狭い範囲で、せわしくめまぐるしく、
かけめぐることすらできないくらい小さく小さく、
でも絶えず動き回っている感じ。脳内が。


ギタリストNobさんは意外に、エモリさん以上に
そんな会場や絵芝居を落ち着いてとらえていて、
驚き半分、
こういう人だからこそエモリさんと一緒にやっていけるんだなと
妙に納得。

(備考)
記事タイトルは、
エモリさんにひっかけて何かいい言葉はないかと、
まず「emotional」の意味を調べてみたら
「感情的」と出てきて、
感情によって絵も変わるよな、と、
エモリさんとは離れたところで
emotional→絵も変わる→絵も諸なる(エモーショナル)
と繋がってます。
わざわざこんなぺらぺら説明するのが、
それこそせせこましい。
わかってるので、言わないで。
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2007年07月14日

ウズメの踊り


ogiharaさんに誘っていただき、
remuさんと3人でベリーダンスを観に東中野へ。


ベリーダンス、ヨロ昆撫のたぷえちゃんの踊りくらいしか
観たことがなかったので、
きちんと踊りだけ鑑賞するのは初めてです。
たぷえちゃんは脱退してしまいましたし…。


出演者は全員日本人とのことで、
少しだけ期待レベルを落としていたのですが
どっこい、面白かったです。
「天の岩戸」のウズメの踊りって
こんな感じだったのかな、などという
ふとした考えもおりてきましたし。
でもいつか、本場のものも目の前で観たいです。
あと、できれば演奏も録音ではなく生音で。


ベリーダンスは中東の踊りだから
当然宗教的なところから生まれたのだと信じて疑わなかったのですが
大元は関係ないらしいですね。
男性のベリーダンスも存在するらしいのですが
そちらにもかなり興味があります。
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2007年05月26日

『放埓の人』はなぜ『花嫁の指輪』に改題されたか あるいは何故私は引越しの際沢野ひとしの本を見失ったか

記事タイトルはそのまま劇のタイトルです。
長すぎるので、略して「放埓の人」にします。

燐光群公演「放埓の人」@新宿SPACE雑遊


燐光群のお芝居を観に行けて嬉し。
二年ぶりくらいになると思われます。


今回はいつものような「痛い」ものではなく
あまり気負わずに観れるものでした。
個人的には、燐光群のお芝居は
もっと「痛い」ものがすきなのですが。


しかし、いつもながら思います。
演劇って、こんなに時間・空間的な自由が生まれるものかと。
燐光群はいつも、「場所」をうまく使います。
それに脚本も…。
坂手さんは見事です。
今回のだって、主人公の一人称である「僕」の担い手が
同じところに複数存在する、といった複雑さ。
あのひともこのひともそのひとも「僕」。
場所としての舞台だって、ちゃんと「効果」があがってて。
見事です。
発想のフラッシュが、嵐となって目の前に。


新しいことを知りたいなら
考えることをやめたくないなら
また行かないと。
燐光群の舞台は、もっと頻繁に行くようにしないと。
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2006年11月12日

泯主主義にのっとって

    ??.jpg

田中泯独舞『透体脱落』@世田谷パブリックシアター


今年はテアトル・エコーのものにしても、
燐光群のものにしても、観劇に行けていなかったので、
キン・シオタニさん企画の舞台公演のみで終わってしまうかと
残念に思っていたら、
ここにきて舞踏公演というものを初めて観に行く事ができました。
ずっと観てみたかったんです。
しかも田中泯。
しかも田中泯の劇場での最終舞踏。
しかも田中泯の劇場での最終舞踏を最前列で!
…二階の。

ステージには砂。鉄棒。犬小屋。
新聞紙で作った兜…。
泯の身体はきれいでした。
やっぱり、この人は外でやるほうが似合うのだろうな。
今後は自然の中で踊っていくそうです。
それはすごくよいことのように思えて。
それもまた観れたら感激するだろうなぁと思えて。
自由にするがいいのです。


カーテンコールでブーケをもらって、
るんたったと踊ってみせてくれた泯。
案外おちゃめな人のようです。
赤い襦袢(?)も、似合っていました。



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2006年05月06日

三千六年マデアト千年

シオタニ.jpg

イラストレーター、キン・シオタニさんによるイベント
「三千六年マデアト千年」@吉祥寺シアター。


二千六年。

ジョージがまだ吉祥寺と呼ばれていた時代。

どこでもドアがまだ架空の道具だった時代。

プレステフォーハンドレッドトゥエンティワンの
原点とも呼べるプレステワンがあった時代。

今は主流である「裏カジ」(服を全部うらっかえしにして
着るカジュアルスタイル)を、誰もやっておらず、
人々がまだ服を表むきのまま着ていた時代。

空中を移動する電車がまだ地上を走っていた時代。

本という、紙でできた読み物があった時代。

シアター支配人のゴム・シオタニさんの7代前のご先祖、
キン・シオタニさんが吉祥寺を拠点に活躍していた時代。


三千六年を舞台にして、
3部に分けて上演を行うユニークなイベントでした。
私が観たのは1部のみ。
3部全ての内容は異なっているらしく、
最終回にはいつぞかのポエトリーライブで
共演していた立川志の吉さんが再び
シオタニさんとのセッションを楽しんだそうです。

1部の内容は千年の雨。
ダンス公演でした。
千年降りつづく雨と、女。


初めて入った吉祥寺シアター、
広くていいなぁと感じました。
思惑通り、劇場がちょっと身近になった気がします。
そして、
シオタニさんは面白い人です。やっぱり。
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2005年07月10日

上演されなかった「三人姉妹」

変な日本語を使うと思われるかもしれませんが、
わたし、お芝居を観に行くのが得意じゃないんです。

自分の観たいお芝居がどんなものなのか、
まだ自分でつかみとれてないんです。
だからたまに観に行くときも、
殆ど役者を観に行ってて、
お芝居を観てるなんて言うのも憚られるんです。

けれど、ひとつ、ただひとつ、
わたしは役者じゃなくてお芝居を観に行く、
そんなふうに思う劇団あります。
燐光群という劇団です。

『上演されなかった「三人姉妹」』という劇を観に行きました。
折りしも、ロンドンの事件と重なってしまいました。
劇場がテロリストにのっとられ、
上演中の「三人姉妹」はどうなるか…?
というあらすじ。
燐光群、いつも深い。
地雷、冤罪、戦争…
いつも考えさせられます。
燐光群を観て落ち着いているには、わたしは平和ボケしすぎてます。

ロンドンの事件のほんの数日後なので、
いつもより近かったです。
けれど会場がいつもの小さい梅ヶ丘BOXではなく
広めの紀伊国屋ホールだった(これは必然ではあるのですが。)のと、
「三人姉妹」を読んでなかったのとで、
いつもより遠かったです。
けれどいつもみたく深かったです。


テロもだけれど、
侵略も戦争も、
いかなる場合にも正当化できないと思います。
ロンドンの事件についての一考。
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2005年06月04日

七つの朝

六月になりましたね。
もう何かあっても五月のせいにはできませんよ。


テアトル・エコーの『朝の時間』というお芝居を観ました。
年に一回くらい熊倉(一雄)さんに逢いに行きます。

よく動物などを見て、
「あの中に人間が入ってないっていうのが怖い」
と言う人がいますが、
何故か私の場合、人間に対してそれを思ってしまいがちです。
そして
「あの中に人間入って… いやいや、人間なんだよね。」
というのを何度もくりかえします。
馬鹿みたい。

似たようなもので、
「あの人の背中にゼンマイがついてないのが不思議。」
と思うこともあります。
こちらの方がまだご理解いただけますかね。

熊倉さん、かわいすぎて、
とても人間とは思えませぬ。

しかも最前列でした。
はしっこだったけれど、
最前列で熊倉さんでした。
posted by Cui at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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