2006年11月10日

今日は十日だから

気まぐれに引用。

太宰治「HUMAN LOST」より。

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十日。
 私が悪いのです。私こそ、すみません、を言えぬ男。私のアクが、そのまま素直に私に又はねかえって来ただけのことです。
 よき師よ。
 よき兄よ。
 よき友よ。
 よき兄嫁よ。
 姉よ。
 妻よ。
 医師よ。
 亡父も照覧。


「うちへかえりたいのです。」

 柿一本の、生れ在所や、さだ九郎。

 笑われて、笑われて、つよくなる。

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やっぱり狂ってしまうのってすごいことだと思う。
そこには美がある気がする。
けど哀しいのは、
狂っても現実を思い出してしまうこと。

太宰は弱かった。明るかった。きっと泣いていた。
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2006年10月16日

かのシェイクスピア

「きみはあまり世間のことをくよくよ考えすぎるんだ。
 世間なんて気苦労して買うほどのものじゃないぜ。
 それじゃあ損な商売だよ。
 きみは人が変わったようだ。」

さらに一言。

「とにかくそんな憂鬱という餌で
 世間の評判というダホハゼを
 釣るようなまねはよしたほうがいい。」


    (『ヴェニスの商人』のグラシアーノのことば)


ちょっと疲れたときくらいは、こんな言葉も必要です。
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2006年07月10日

怒りくるったみどり色

ムーミン谷では色彩表現が豊かです。
たとえば、「怒りくるったみどり色」。
「どす黒い血色」。
「白いチョーク色」。

『ムーミン童話の百科事典』という本を
こないだ図書館で借りてきました。
わたしはムーミンの作者のトーベ・ヤンソンさんと
誕生日が同じということもあり、
ムーミンたち
(とりわけスナフキン。
 彼はトーベが最も愛した男性がモデルらしいです。)には
強い親近感があります。


基本的にはムーミンシリーズが情報源なので、
そっちの、もともとの本を読めば
事典なんぞに頼らなくて済むのですが、
ええとええと、なんでだか読んでなかったっていうのと、
あとはあとは、最近の読書スタイルが「拾い読み」になってる
ので、事典というのはとても手にとりやすいということが
あったので…。(こんなんで親近感どうのなどと、すみません。)

本をちゃんと読んでいなかった為、
初めて知ることがたくさんでした。

・スナフキンのお父さんはヨクサルといって、
 スナフキンにそっくりなんだなということ。

・ミイ・ミムラねえさんとスナフキンは異父姉弟だったんだな
 ということ。

・ムーミンパパは捨て子だったということ。

・ヘムレンさんは一人じゃなかったんだということ。

・スナフキンは日曜日にきいちごの葉のたばこを吸うこと。

・スノークのおじょうさんの身体はうれしいと黄色になること。

・ニョロニョロは種から生まれるということ。                    
エトセトラエトセトラ…


名言集なんていうのもついていて、
ほほぉー、と
感心してしまうものもいくつかありました。
スヌーピーから心理学を、プーさんから哲学を、
そんな本も少なくないですし、
外国の児童書はしばしば精神世界と結びついていますね。           

   おしゃまさんのことば
posted by Cui at 15:04| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月11日

観客様はみな鰯


気分転換。
絵を描いたり映画を観たり、
おしゃべりしたりちくちく(裁縫)したり、
たまに、詩
          を
            書いた
              り。

いろいろなのですが、
それ以外でわりとするのが、人の詩(詞)を書き写すことです。

いつも紙と鉛筆を用意するのですが、
今回はパソコンで、つらつら写していってみます。
中原中也さんの、「サーカス」。
ちなみに著作権は既に消滅しているので、
法律的には問題なしです。

中也さんの詩
posted by Cui at 10:19| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月03日

円の下の力持ち

ジシンカミナリカジオヤジ。
オヤジの影は頭と共にどんどん薄くなっていってますが、
ここのところの地震の頻発から、
日本人はやはり地震をこわがってますね。
先日は防災の日でしたが、
防災の日も関東大震災の日の為できたものですから、
今年も小学生はかったるいと思いながら
防災訓練をして、親の迎えがない子は
校庭の鉄棒らへんで、暑い日ざしの下、
オヤジよりも濃い影を見ながら退屈に過ごしてるわけです。

『動物に観る人の歴史』という本を
図書館で借りて、適当に拾い読みしてましたら、
地震と動物にまつわる面白い話がいくつか書かれてました。


古代インドでは、大地は象が支えてると思われていたようです。
東西南北4つの方向にはそれぞれ一匹ずつ大きな象がいて、
東を支えているヴィルバークシャという大象が疲れて
頭を時々振ると、支えられている大地も揺れ動き、
それが地震となったようです。

イスラム地域では象ではなく牛がいたそうです。
パキスタンの北西国境地方の話では、
一頭の牛の角の上に地球が乗っかっていると考えられ、
人々が罪を犯すとサソリがこの牛さんをチクリと刺し、
痛がる牛さんが動いて地震が起こってたそうです。

また、マレー半島でも水牛の片角の上に大地が支えられて、
水牛さんが疲れると、ひょいっともう片方の角に
大地を移すものだから、地震が起こってしまったのだとか。

インドネシアでは、蛇が世界をぐるりと巻き抱えていて、
この蛇の動きで地震が起こってしまう、
と考えられていたようです。
地震のことは明示されていませんが、
インドにもこの蛇の巻きつき観があったようです。

さてはて、地震大国・ニッポンですが、
有名なのはナマズですね。
ナマズもやはり、世界を取り巻いているようで、
この観念はインドから渡ってきたものが、
大蛇を持たない日本でナマズに変わった、
という説もあるよう。
ただ、ナマズの地震予知は蛇観念以前からあったみたいです。


ぐらり、と揺れて人間が怖がる時、
下では動物が、「ふうー」と言いながら
伸びをしているのかもしれません。
わたしはやっぱり象さんにいてほしいかなぁ。
あんまり派手に動かないでね。動かないでね。
posted by Cui at 15:50| Comment(3) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月19日

グッド・バイ


     「生きて行く力」
 
 いやになってしまった活動写真を、おしまいまで、見ている勇気。
          
           
                (太宰治『碧眼托鉢』より)


おしまいまで見るのをやめてしまった太宰。
今日は桜桃忌です。


先月時間のあるときに三鷹の禅林寺は行ってきたので、
今日は参加しません。

禅林寺には太宰と鴎外(文字化けするので「オウ」の字は変えてあります。)
のお墓があります。
太宰のお墓には「太宰治之墓」、
鴎外のお墓には「森林太郎之墓」。

太宰は本名の津島修治ではなく太宰として、
鴎外は作家の森鴎外ではなく本名の森林太郎として、死にました。
太宰が「太宰」を選ぶのは、太宰らしいですね。



最近太宰の本をぺらぺら読み返していました。
どのページを開いても、太宰の言葉がおしゃれにそこにあります。
どうしてあんなに組み合わせが上手なんでしょう?
言葉のコーディネートがお得意の、
太宰。
今日は桜桃忌です。
posted by Cui at 11:44| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月26日

もうすぐ五月

「いえ、余り憂鬱ですから、逆まに世の中を眺めて見たのです。けれどもやはり同じことですね。」

              (芥川龍之介 『河童』より)       
posted by Cui at 08:39| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月22日

『古事記』以来

 イザナミ「なんてすばらしい男性。」
 イザナキ「なんて素敵な女性。……女性が先に言うのはよくありませんよ。」

神話の時代から性の優劣が考えられてたなんて…。
ヒドイ。
しかもこの時イザナミが先に言ってしまったがために、
二神の子は水蛭子(骨なし子?)だったのだと天つ神に言われてしまいます。
ヒドイ。ヒドイなぁ。
原始、女性は太陽だったんじゃないんですか?    
posted by Cui at 16:58| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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