2008年04月27日

ここのもの

「多摩美術大学美術館所蔵作品」展。


モノレールに乗ってガタンゴトン、多摩美へ。
一回行ったことがあるはずなのですが、
サンリオ・ピューロランドがかなり近くにあるのに驚きました。
美大生にとっては、それは美観として良しなのでしょうか。


今回のお目当てはベン・シャーン。
ベン・シャーンとの出会いを多摩美で果たした私にとっては
ものすごく特別なことでした。
ここで彼の絵を観るのは、実に7年ぶり?のようやく2回目。


やっぱりここで観るベン・シャーンは格別です。
今回はベン・シャーン展ではなく、所蔵品展だったので
展示作品数も左程多くはなかったのですが、
でも、ここだなぁ、と。
人まったくいなくて、貸切状態でしたし。

他の美術館で観るシャーンは、やっぱり社会性が先に
「説明」されがちなのですが、
ここだと絵の魅力がそのまま感じ取れます。
やっぱりこの人の絵が好きです。


7年越しの想いも果て果て、
ようやくここの画集も手に入れることができました。
画集の完成度は、そこまでは高くないけれど、
でも初めて観たときに一目惚れした絵で、
他の画集にはない作品なんぞもここには載ってます。

満足です。
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2008年04月26日

聖なる灯火

カール・ドライヤー特集も最後。
『怒りの日』『奇跡』
お互い予想していた通りでしたが、
友人ジャックさんとふたたび遭遇。


『怒りの日』は、観るまで殆ど覚えていなかったのですが、
結構好きだったのだけは覚えていて。

はじめの方にでてくる魔女のおばあさんが
かわいくて、かわいくて…。
ドライヤー作品はいつも「作品」として
しっかり成立しているのにも関わらず、
印象的な役者が必ず出てくるのが不思議です。

全体的な様式美と、魔女になっていく女が綺麗。
自分の中にある中世デザインへの愛好心が満たされます。


『奇跡』、
こちらはなんといっても「キリスト」が。
喋り方も可愛いし。

宗派対立をする親同士のやりとりはユーモラスだけど
全体的にはやっぱり余分な湿気が無いというか、
本当に聖なるものになっています。

「過去のものしか信じない」という揶揄もあって
本当の意味での信仰心とは?という問いがあったり
宗派対立を信じる教えに照らし合わせたとき
それは教えに則っているのか?という諭しがあったり
でもその辺が全く説教臭くなくて。

「信仰をもつと幸せになる」って台詞には同意できないけれど、
でもその実、ここまで厳粛な世界を作れる
ドライヤー自身が、いわゆる「宗教」を
ものすごく客観的に観ることのできる人のような気もします。


日本で「聖火」が走った日でした。
ちらと聞いたところによると、宗教的な意味合いを
含んだ「聖火」という名前を使ってるのは日本だけだとか。
(英語でもフランス語でも、
「オリンピックの炎」とだけ呼んでるようです。)
今回の騒動がチベット問題から派生したものということもあって
さらに宗教性は強まっていくけど、
どうしてもあの火よりも
ドライヤーの映画の方が聖なる熱を持ってる気がしてしまいます。
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2008年04月23日

きよしこの夜

Silent Night, Holy Night…

小さい頃、「きよしこの夜」って
「清し、この夜」じゃなくて「きよしこ、の夜」だと
勘違いしてました。「きよしこって何だろう?」と。
そんなんでも、救いの御子はやってきます。

『裁かるゝジャンヌ 』、はい、またです。
4日前に観たばっかりです。
でも、今回はピアノ伴奏なしの、サイレント版。
行けるか行けまいか、危ういところだったのですが行けました。
救われました。


ピアノ伴奏付きで観たばかりだったため
そちらの解釈に引きずられてしまいそうな箇所も
いくつかあったのですが、
音の無い世界に自分の記憶といろんな解釈とが落とされて
そこから生まれるギャップがあって、
そうすることで更に観方が広がるようでした。
こうしてこの作品は、無限になっていくのだろうな。
到達しているくせに、無限だなんて。


聖なるものをひとつ、ってもし問われたら
映画だとか作品だとか、関係なしに答えられます。
「裁かるゝジャンヌ」。
きよしこの名前。
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2008年04月21日

壁の光

ひきつづき、カール・ドライヤー特集。
『ゲアトルーズ』

今回の特集でやった5本は、
全て過去のドライヤー特集で観たことがあるものばかりでしたが、
この『ゲアトルーズ』に関しては、
最初に観たとき、そんなに好きだと思えなかったのでした。

たぶん、主人公のゲアトルーズその人を
ゲアトルーズから去った若い音楽家と同じように
「高慢な女」と感じてしまっていたからだと。
でも改めて観ると、彼女の感情にはなんだか納得。
若き日のゲアトルーズの詩も含めて。


しかしなんとも不思議なのですが、
この作品におけるあの壁の光りようったら何なのでしょうね。
ぼおっとやわらかくなめらかでとろけそうで、でも強い光。
あんな光る壁、観たことないですよ。
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2008年04月19日

さいごの吸血鬼





カール・ドライヤー特集へ足繁く。
初日は『裁かるゝジャンヌ 』『吸血鬼』
映画館(と言える場所かは不明ですが)にて、
友人ジャックさんに遭遇。


『裁かるゝ〜』は、サイレント映画なんですが、
この日はピアノ伴奏つき。
ここまでの緊張感と、清らかさをもった作品を
私はほかに知りません。
サイレント版でしか観たことがなかったのですが
ピアノ付きでもそんなに抵抗感はなかったです。

すべてのシーンが完成されていて、
俗っぽさがまったく感じられない。
ジャンヌを演じた人を、
他の作品では観たくない!と思ってしまう程に神格的。


『吸血鬼』は、
これまで3〜4回観ているのですが、
その全てで睡魔に襲われており…。
今回の特集は、カール・ドライヤーの日本での上映権期限切れ
に際しての「最終上映」と銘打たれていたため
もう眠れないのだと、心して行きました。

やりました。眠らなかったです。
これまでも、面白いのはわかっていたのですが
全編観ることができて、きちんと。
幻想的な、白黒の…。


漂白された頭と少し冷たい夜風が気持よくて
ジャックさんとあったかいロシアごはんを食べに行って
こんな4月はめったにないな、と静かな幸福。
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2008年04月15日

白痴


身勝手なふるまいでしたが、映画館へ、
ルノワールの短編を観に。
『チャールストン』
『マッチ売りの少女』
『演技指導』



お目当ては『マッチ売り〜』でしたが
三本とも楽しめました。
マッチ売りの少女というと、儚げで不幸な作品とおもいますが
ルノワールのマッチ売りの少女は
どうも生き生き。

女性をどこか白痴的に撮ってます。
でも白痴美ってやつです。美学があるので
嫌悪感も生まれません。
最初にマッチを買いかけた紳士がかっこよかったなぁ。


『演技指導』は、ドキュメンタリーでした。
ルノワールの演技指導はすごいです。
一言一言に対して、指導が入る、
上に役を完成させるのは演者だとしてる。
そしてできあがるものが本当に素晴らしい。

おもしろいです。
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2008年04月13日

メランコリィの妙薬

ジャン=リュック・〈シネマ〉・ゴダール2本立て。
『はなればなれに』『彼女について私が知っている二・三の事柄』


『はなればなれに』は
ゴダール編集の予告編だけは何べんも観ていたし
『ドリーマーズ』という映画の中でも
3人でルーブル世界最速、へのオマージュが出てたんで
そのものを観てみたいなとはずっと思っていました。
既に観た人は口をそろえて「よかったよ」と言っていましたし。




さすがに、洒落てます。
クレジットからして、小気味良くて。
あんまりセンスが抜きんでていて、
伝説的なものだから
ゴダールがまだ生きてるというのが不思議でなりません。
オディールの可愛さ、
フランツとアルチュールの即興的な動き、
マディソン・ダンスにルーブル最速、
「古典的=現代的
すべて新しいことは、無意識のうちに伝統的な事柄に基づく」…。


『彼女について〜』を観て
かつて受けていた映画論の授業を思い出し、考えました。

「出演者が、カメラ目線で台詞を言う」
ヌーベル・ヴァーグについての講義で
『勝手にしやがれ』を観せてもらったとき、
この映画技法(種類?)の特徴、もしくは象徴的なものとして
カメラ目線が挙げられる、と。
それを思い出した上で、ではこの『彼女について〜』は
どっちだろう、と。




カメラ目線の台詞を放つ場面は、かなり多いです。
その意味ではヌーベル・ヴァーグ。でも、
映画内部の人間が、カメラ目線によって
構築されつつあるストーリーや作品を内から破壊していく
二重人格的なもの、自己批評的なものというよりは、
壊れているものを集めて構築したような印象。
主張もかなり強く、社会性があるので、
やっぱり外に向かって発信されてる様に感じます。


作品中、女性が読んでいた本のタイトルがひっかかりました。
『メランコリィの妙薬』。
ブラッドベリの作品、らしいですね。
読んだことないので、どんな話かは知りませんが
今年はシガツを待たずに死に瀕していたし、
五月を待たずに憂鬱で、
周りにもメランコリックな方が多い状況だったもんで…。
私にとっては、映画もひとつの妙薬。
依存の傾向も強いですが
副作用で自立できたら。
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2008年04月12日

あふりか物語

モディリアーニ展@国立新美術館


まさかの六本木ヒルズに用事、が発生した為、
足を踏み入れることはないだろうと思っていた
もう一箇所へ、さらに。


モジリアニです。
丁度一年くらい前に「モジリアニと妻ジャンヌ」展観たわけですが
今回はモジリアニだけ。




特定の時代や場所、作風からの企画ではなく、
初期から晩年までを追った、いわば編年体の構成。
並べてしまえば「流れ」が自然に出てきてしまうテーマ
ということもあって、
美術館や学芸員の個性が伝わりにくかったのですが
でも、自分であれこれ、恐らく空回りながら考えを巡らせられるので
それはそれで一つの楽しみ方かも、と。


初期の作品を観て、立体の捉え方がうまいんだなーと
思っていたら、やっぱり彫刻家を目指していたとのことで。
立体といえばキュビズム、と
発想としては安直につながっていったのですが
モジリアニの「カリアティッド」は
ピカソやブラックのキュビズムとはどうも毛色が違います。
ただ、両者ともアフリカの影響を受けてるみたいですね。



「あ、ジャンヌ」
妻ジャンヌを描いた作品もちらほらあって、
やっぱり去年のあの展示は人気があったのか
絵の前に立った時、
頭に浮かんだ言葉がそのまま外から聞こえてきました。
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2008年04月09日

絵も諸なる


エモリハルヒコさん絵芝居@下北沢lete


単独ライブを観るのは初のエモリハルヒコさん絵芝居…!
それもleteで。
小さな小さなセカイ。

いつも誰かのライブのゲストで、2話程度しか観れないんですが
この日は単独だもんで、7話、
しかも、全て初めて観る話ばかりでした。


観ている間、心の中では、
『No.5』で五郎のプレッシャーに号泣して
『パッカパッカ』で馬のあまりの軽快さに唖然として
『からあげの日』でトリあえずトリみだして
『電車』(←正式タイトル忘却)で売り子さんに心を鷲掴みにされて

しばし休憩…

『橋』(←正式タイトル忘却)で詩人の愛を考え
『かいかいるんじ』でギタリスト・Nobさんの
 はんなりとした鋭いつっこみに衝撃を受け、
『No.5』で再び号泣。


悪い意味のニュアンスさえ除けば、
せせこましい、という言葉がしっくりきます。
狭い範囲で、せわしくめまぐるしく、
かけめぐることすらできないくらい小さく小さく、
でも絶えず動き回っている感じ。脳内が。


ギタリストNobさんは意外に、エモリさん以上に
そんな会場や絵芝居を落ち着いてとらえていて、
驚き半分、
こういう人だからこそエモリさんと一緒にやっていけるんだなと
妙に納得。

(備考)
記事タイトルは、
エモリさんにひっかけて何かいい言葉はないかと、
まず「emotional」の意味を調べてみたら
「感情的」と出てきて、
感情によって絵も変わるよな、と、
エモリさんとは離れたところで
emotional→絵も変わる→絵も諸なる(エモーショナル)
と繋がってます。
わざわざこんなぺらぺら説明するのが、
それこそせせこましい。
わかってるので、言わないで。
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2008年04月06日

ロマンとポルノ

日活ロマンポルノ路線の第一作らしく、
そういう意味では、日本映画史に載る(かもしれない)映画、
『団地妻 昼下がりの情事』を観る昼下がり。


コールガールの世界に引き擦り込まれてしまった平凡な主婦の行く末。
この設定は、
例えば(観ていませんが)
『M』(廣木隆一監督)等、
今もいろんなところで踏襲されている気がして
日活の影響ってすごいなーと。


何がきっかけだったかは忘れましたが、
最近「猥褻とは何か」を考えるようになりました。
特に女性は、性的な表現に対して
不快感を抱くこともあって、
それが「セクハラ」やら、犯罪としての「猥褻」に
つながっていくのでしょうけれど、
ロマンポルノは、性別を超えたところで存在が許されている気がします。
(過去のものだからという見方もできるかもしれませんが)
その差は「ロマン」がつくかどうかの差なのでしょうかね。
肉体的な「理想」が込められているか、
単なる「はけ口」や「話題性」として扱われてしまっているか、の。


監督や出演者に知ってる人が一人でもいれば
もうちょっと「観る」自体を楽しめたかもしれませんが、
でも今回はそもそもが日活ロマンポルノの第一作を観よう、
という動機からだったんで、
それを言っちゃあ、ですね。




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