2006年03月30日

ここは吉祥寺弁天湯

弁天湯プレゼンツ 風呂ロックVol.3 知久寿焼ライブ@吉祥寺弁天湯

銭湯へ行くのなんて何年ぶりでしょう…。
吉祥寺の「弁天湯」という銭湯で、
お風呂の蓋をステージに、独特の響きを活かして
生音ライブをやる、という愉快なイベント
「風呂ロック」へ行ってきました。

チケットを買う時もそうでしたが、
やっぱり当日も、
「何で銭湯の前にあんなに人並んでるの?」
という視線がぴしぴし痛かったです。
寒かったし。
関係ないけれど、「花冷え」という言葉はなんだか好きです。
日本の気候に対する表現力ってすごいと感じます。

入ると、本当に銭湯。
まず履物を靴箱へ入れて、
ぼーんと響く空間へ。
富士山が描かれた壁と、
石鹸カスのついた蛇口。
客席は、タイルの上に座布団、パイプイス、
そしてプラスチックのイス(ケロリンではなかったですが)。
男も女も関係なしに
銭湯入りです。

知久さんは、ハートランドビール片手に
酔っ払いライブ。
やっぱりマイクを通すのとと比べてしまうと
音の大きさは比べ様もないけれど、
いつも
「この人は目の前で歌ってるけど、
わたしはスピーカーごしにしか声を聞いてないのかな」
という寂しさをどこかで抱えていたので、
あぁ、知久さんの声を聞いてるのだなと
実感できました。
あと、拍手の響きはほんとすごかったです。

ラストには恒例(らしいです)の、
「いい湯だな」風呂ロックバージョン。
最後のとこを「♪ここは吉祥寺 弁天湯」にして、
お客さんは「♪アビバビバノンノン」の合いの手。
やけにじょうずな人がいて面白かったです。
知久さんも「宿題やったか!」などをちゃんと言ってました。
ドリフの曲ってずっと残っててすごいなぁ。

会場を出るとき、銭湯の半額券を頂きました。
銭湯、なかなか行けないけれど、残ってもらいたいです。
あの煙突とか、のれんとか、いいですよね。

セットリスト
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2006年03月28日

大草原の小さな子供


早起きをして観に行きました。
『天空の草原のナンサ』
モンゴル映画です。

モンゴル、行ってみたいです。
ゲル、デール、地平線…。
憧れの地です。

子供がもう、
スクリーンの中にとびこんでいって
抱きしめたくなるくらいにかわいい。
羊のフンを高く積み上げる遊びをしてました。
そういえば、前作『らくだの涙』にも
子供がらくだの歯でおはじきをするシーンがありました。
私もまぜてって言いたいです。

なんとなく「美談」にまとめようとしている感じがして、
作品としては前作の方が好きだったのですが、
けれど前作よりも、
「撮るのがうまいな」というのに気付きました。
大自然は、ただ映すだけで終わっちゃう人もいますけど、
この人達はほったらかしにしてないで
ちゃんと向き合ってるんだなと感心しました。
ひろびろとした外と、ゲルの中の濃い生活空間が
うまいこと対になっていたと思います。

それになんといっても、
わけわかんなくて素朴な愛くるしい子供たちや、
大自然に生きる動物たち、
歌のうまいお母さん、
はにかみ屋のお父さんなど、
観ているだけで にま にまにま。うふふふふ。


ゲルの解体〜荷造りといった、
「遊牧」ならではのものが流れで観れたのも嬉し。
いつか行きたいです、モンゴル。
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2006年03月27日

あんたら、覚悟しいや

岩下志麻さん主演の、『はなれ瞽女おりん』を観てきました。

これ、本当は1日前に観る予定だったんです。
というのは、1日前は岩下志麻さんご本人が舞台挨拶に来られるという話だったから。
私は中学の時から志麻さんに憧れていて、
かなりうきうき気分で向かい、帰ったら「生きててよかったよ」などと
ここに書こうとまで考えていたのですが……

極妻も観たことがないのに、ファンだなんて言って、
チケット発売の5分前に来るぐらいで安心していた
私は、浅はかでした。
まだ発売時刻になっていないというのに、すでに列が…。
お察しの通り、言われてしまいました。スタッフの方から
「お並びいただいても入れない状態なので…」。
みくびってました。国民的女優を。
「あんたら、覚悟しいや!」というドスの効いた声が
頭の中で響きます。


というわけで、予定より1日遅れて観てきました。
面白かったです。
志麻さん綺麗だし、原田芳雄さんかっこいいし…
西田敏行さん、樹木希林さんなども若くて、上手でした。
そして、映像も素敵でした。
ふだんあんまり気にしない、「自然の映し方」に
ものすごく惹き込まれました。
つげ義春の「紅い花」を喚起させるシーンもあって、
いろんなところで
「ほぉー」と溜息なのでした。

「瞽女」というものにも前から興味があったので、
瞽女屋敷のシークエンスなどもまじまじと見ていました。
瞽女関係の本を探して読もうかな、などとも思っていたのですが
こういう風に映像化されると、本も入りやすいかもしれません。
目を閉じた人達ばかりが生活する空間、
視覚の閉ざされた空間、
そこを、視覚でもって覗くというのは、なんだか
奇妙な感覚でした。

そして、なんとなく考えた事。
「芸能」というものの位置です。
かねてから、「自然⇔文化」という対立の概念に、
どこか違和感を感じていました。というのは、
それぞれから受ける強いオーラは、なんだか
似ているように思えていたから。
対極と考えられているこれらを結びつけるものは
一体なんだろうと考えていましたが、
「芸能」というのはその一つなんじゃないかなと思いました。
「自然―芸能―文化」
空間をねじまげてできるワープがここに作用して、
芸能をはらんだ時空が、私に自然と文化の類似を
感じさせていたのかな、などと
ごちゃごちゃ考えていたのでした。


いやはや、面白かったです。
ご本人を肉眼で観れなかったことだけが悔やまれますが、
それは私の新たな夢としてとっておいて、
いつの日か実現されればと思っています。
今度は前夜から並ぶくらいの覚悟をもって
臨むこととしましょ。
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2006年03月24日

コメットさん

Thousands Birdies'Legsライブ@代々木ブーガル

昨年の5月に寺尾紗穂さんの弾き語りライブを
偶然観て、それから寺尾さんと、そのバンドである
Thousands Birdies'Legsはずっと気になってたのですが、
タイミングが合わなくてどちらのライブにも全然行けず。
やあやあ、10ヶ月もかかってしまいました。

CDやフライヤーなどからのイメージよりも、
もっとずっと、年齢的に「若い!」バンドさんでした。
音がしっかりしているので、もっと年上なのかと。
(すごいと思うものはなんでも年上という発想が
なかなか抜けません。)
やっぱりかっこよかったです。
ピアノとドラムの音がとりわけ好みでした。

知っている曲(アルバムに入っている曲)も多く演奏されて、
へへへ、嬉しかったです。
CDで聴いている音が、目の前で演奏される。
その同じだけど同じじゃない、
具現化された世界に立ち会えるというのが
今更だけど、とても喜ばしく思えました。
もうライブというものには趣味と言えるほど行っているので、
ほんとに今更、なんですが。

MCの、高校時代に聞いたという「彗星の尾っぽ」の話が
面白かったです。
彗星・コメットっていう響きが似合ってます。いいな。
私は地学の成績こそ芳しくなく、そういった話も
別段されずに高校時代を終えてしまいましたが、
確か私も地学の先生は好きでした。
万有引力の話をしている時に、
「オレの場合は魅力だがな」なんていう、
イカしたおじいちゃん先生だったなぁ、なんてことを思い出しました。
て、そんなことは関係ないんですけども。

来月は寺尾さんソロでボブテイル(合うだろうな)に。
さ来月はまたバンドでスターパインズカフェに出るそうです。
ソロバンドソロバンド、と、
かわりばんこに観に行けそうです。
たのしみです。
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2006年03月23日

幻影画館 


スクリーンで映画を観ました。
約一ヶ月ぶりのことです。

観たのは、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーという人の
『何故R氏は発作的に人を殺したか?』
スタイリッシュであろうという予想は外れて、
まぁまぁそう焦りなさんな、と言ってるような映画でした。
即興を好む監督さんだったということは
チラシを読んで知っていたのですが、
大枠の話は決められていただろうに、よくあんなに
ゆっくりの、「今やってるの本筋と全然関係ないんじゃないの?」
みたいな感じの即興をずっと続けられるものだ、と、
なんだか妙な感心をしてしまいました。

個人的な好みとはちょっと外れていたし、
なんだか音が遠くて字幕が薄いのもあって、
うとうと……がく、がく、……スヤスヤ
状態にもなってしまったのですが、
だけど、あのジジジジジ、というフィルムの音が、
なんだか嬉しかったです。
スクリーンに現れては消える黒い点も。
それに、映画館で眠るというのも久々だったのです。
その場面が観れないというデメリットはもちろんあるんですが、
あの映画と夢の、定まらない境界にまた
立てることが、間違っているかもしれないけれど
私にとっては喜びでした。

チラシもたくさんもらえて、満足でした。
いやぁ映画って本当にいいものですねぇ。
いやぁ映画館って本当にいいものですねぇ。
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2006年03月22日

昭和と平成のあいだ

「歌謡酒場〜私と貴方の昭和残像、ああ入魂の御一曲」@下北沢440

やなちゃんを観に昭和歌謡のイベントへ行ってきました。
出演者は必ず一曲は歌謡曲を披露しなければならないというお題つき。

やなちゃんのセットリストは…

・ひまわり
・reason to bilieve
・たかえさん
・アラバマ・ソング
・逢いたくて逢いたくて (園まりさんのカバー)
・高尾山
・だいじょうぶ
・ジャバラの夜

だったと思います。
今回もケチャップのおふたりと一緒でした。
やっぱりあのアコとベースはいいな。
仲のいいごきょうだいです。

「逢いたくて逢いたくて」は、奇しくも、
先日急逝された宮川泰さんの作曲。
「追悼になってしまいました」と言ってました。
そして「高尾山」は、この日のために作ってきた
歌謡曲、とのことで、
「ド演歌です」と言って、
♪たかおたかおたかお、逢いたくてぇ〜
 たかおたかおたかお、恋しくてぇ〜
などとこぶしを効かせて歌っていました。
せっかく「たかえさん」、いい曲なのに、
「高尾山」と呼応されてしまった感が…。
「これ、誰かちゃんと歌ったら売れるよね?」
とか言ってました。
いいや、やなちゃんが歌ってください…。


4組出た出演者はそれぞれ1〜2曲「昭和歌謡」を披露したのですが、
私、どれも知りませんでした…。
なんとなく、聴いたことあるかな?というものも
あったのですが、
Cherry'sというバンドが披露した「コモエスタ赤坂」という
曲なんか、すごく「らしく」て楽しかったのですが、
けど、「懐かしい」というのは無くて。

私は昭和生まれですが、今のところ
人生の大半を平成で過ごしています。
今すぐ元号が変わるならともかく、
やっぱり今過ごしている平成というのが
「自分の生きた時代」なんだと思います。
けれど、「平成人」などと言われるとちょっと
違う気がして、私は昭和生まれですよと言いたくなります。
「昭和生まれのくせに、こんな有名な曲も知らないのか」
などと怒られそうですが…

私は20世紀生まれですが、主に21世紀の人生を送るでしょう。
けれどそれもなんだか変な感じです。
言うならば、私は世紀末の人間なのかもしれません。
けれど、そんなかっこいい響きも似合わないし。
私はそして、「母校」というものも持っていない気がします。

自分の生きた場所や時代、を自信持って言える人も
なんだか羨ましく思えます。
だけど、
無時間性、無場所性。
それがもしかしたら、自分に一番合っていて
自分が一番欲しているものなのかもしれません。

なんだか話がしめっぽくなってしまいました。
いやはや、面白かったですよ?昭和歌謡。
次は、シャンソン酒場なんて企画はどうでしょうか。
やなちゃんの「アムステルダム」が聴きたいです。
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2006年03月21日

水中にさかな

Gさん「下北水中ライブvol.18」@下北沢lete


なかなかふた月と続けて行けないので、
カレンダーもとびとびにしか揃えられませぬ。

2ヶ月ぶりの下北水中ライブ。今回は
「さかな」の西脇さんがゲストで来るということでした。
leteにゲストなんて珍しいです。

珍しいといえば水中ライブはいつも8時半開演なのに、
今月は8時開演。
下北に着いてからそれを知った私は、
どちらにせよ間に合っていると理解しながらも
大焦りでした。
けれど、Gさんと西脇さんも
ふたりして8時半開演と思い込んでいたという
すっとぼけから、
ふたりが誰よりも遅くにleteに入ったので、
結局いつもと変わらなかったのですが…。

もうひとつ、珍しい続きがおこり、
なんと「ワルツおぼえて」をやってくれたのでした。
この曲はわたしがGさんを注目するきっかけとなったもので、
その詩を読んだ時にかっこよくて感激した覚えがあります。
「たま」はどうしても知久さん、石川さん、やなちゃんが
自然に目立ってしまうので、
Gさんは不思議とノーマルで目立たない人、みたいな
位置付けがなされてしまうのですが、
実は、3人に負けず劣らずオカシナ人なんですよな。
それをこの曲で理解しました。
音的には「日本でよかった」の方が先でしたが。

地味で、上品で、情熱的で、
そして狂気を秘めたGさんの曲。
「ワルツおぼえて」はほんと、大好きな曲です。
先月のleteや、先日行われた名古屋・大阪での
ライブでも披露したらしく、
「ずっとやってなかったんですが、
ここのところずっとやってます」とのことで、
これを機にまたどんどん外で奏でられればな、と思います。


西脇さんは2曲(「サーカスの日」と「やっぱ」)
のみの参加でしたが、
ゲストを呼んでいるという興奮感からか、
終始Gさんは上機嫌でした。
相変わらずいい声だなぁと聴き惚れてました。
西脇さんのギターも、ここちよかったです。
「さかな」も聴いてみたいです。

本編最後の曲で何故かトラブル。
「太陽がみているだけ」を歌っていたのに、
途中から歌えなくなり、
「ごめんねー なんか、歌えなくなっちゃって。
春はヤバイね。じゃあ気分を変えたいんで、
今日はすごく楽しかったので…」
と、「楽し楽しい時間」に変更されたのでした。
気分の問題なのか、詩を忘れたという事なのか、
よくわかりませんでしたが、
たしかに、春はヤバイです。
(わたしは春が苦手です。)

セットリスト
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2006年03月16日

お蒲団かぶってちょいと来ておくれ

今月はなんとまだ映画を一本しか観てませんでした。
異常事態発生です。
理由らしきものは見あたるんですが…
まぁ、余裕をもって生きたいということです。
映画を観る余裕。観る事で生まれる余裕。

夜は大雨ということなので、
家で今月二本目となる映画(ビデオ)を観ていました。
『遥かなる国の歌』という日本の映画です。
成功を夢見るジャズバンドと、
母親を捜すハーフの青年との物語。


60年代日活の作品にしては、落ち着いているなという感想でした。
ヤクザも出てくるし、主人公は喧嘩っぱやいし、
「異国」が日本に来ている時代、という空気も漂ってはいるのですが、
どこか50年代白黒映画に見られるような落ち着きを感じとりました。
落ち着きというのは、だらだらしているとか、そういうことよりも、
なんだか「遠い」感覚です。
スピーカーに蒲団をかぶせた時に聴こえる音のように、
どこかぼやーんとした感じ。
60年代は、スピーカーが割れんばかりの音をだし、
それを直に聴くような、「すさまじき精神混乱」
というイメージ。わかります?


昔の落ち着きのある日本映画は、
なんだか観ていても安心できます。
普段はどちらかというと、もうちょっと生理に訴えるような、
アヴァンギャルドなものを好むのですが、
ちょっと一休みしたい時、
流れる音楽も台詞も、あの画面に完全に所有されているという
ヴァーチャルではないようなものが
意外とよかったりするものかもしれません。


大雨を家の窓から眺めるのは好きです。


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2006年03月10日

なんとなく、ジブリがいっぱい。

なんだか久々の映画。
けどテレビで観ました。
『耳をすませば』

もっと猫猫猫、ねこ、ネコネコネコ、ねこ、とした
ファンタジー映画かと思って観ていたのですが、
ちゃんと人間が主役だし、ファンタジーではなく
「青春」にジャンル分けするべきような作品で、
あれれと不思議に感じていたら、
2日後ぐらいに、
「…それは『猫の恩返し』だよ…」
と気付き、
思わず自分の記憶力を哀れんでしまいました。
…がんばれ。

作品自体にはあんまり感想がもてなかったのですが、
けどまぁ、嫌いじゃなかったです。
こんなことしか書けなくて情けない。
「何のためにこの文章書いてるんだ」
って怒られそうで、びくびくしています。
自覚・反省しているんで許してください。


これで終わるのもなんなんで、ちょっと思うことを一つ。
「ジブリ」についてです。
私は「ジブリ好きー♪」という言葉を聞くのがあんまり好きじゃありません。
「ジブリ好き」という人の殆どが、
「宮崎駿」の代名詞として「ジブリ」と言っているような気がするからです。
なんていうか、「ジブリ」っていうのはスタジオの名前であって、
宮崎駿さんに代表されているかもしれないけど
他にも監督はいます。
今回のも、宮崎さんは脚本を担当してますが、
監督は別です。

あとは、なんとなく「ジブリ」のブランド化が、
消費者から作られていっているような気がして。
ジブリの広報担当の方が「ジブリ」をどう扱っているかは
わかりませんが、
アニメクリエイター達はあんまり「ジブリ」に拘っていないのに、
消費者(観客)が、すでに確固とした地位を得た「ジブリ」に、
ブランドのような価値意識を持って、だから話題になって、
だからまた安心して皆「好き」と言って…
の繰り返しのように感じます。
新作が出ると、とりあえず皆賞賛する。
そんな感じがします。

なんとなく、なんとなく、ですが、
ジブリの中にちゃんと「これは好き。けどこれはあんまり。」
と自分の意識に基づいてすぐ判断できる人は、
「ジブリ好き」って言い方をあんまりしていないと思うんです。
あくまで作品を一つ一つ捉えられているように感じます。
これは私が周りを見てて思ったことなので、
「違う!」と思われるのももちろん然りだと考えています。

「ジブリ」という語感はなんとなく好きですし、
なんとなく、前に比べれば「ジブリ好き」発言には
寛容な心でいられている気がしますが、
けど、やっぱり、なんとなく、
「ジブリ」がいっぱい、飽和しちゃっているような気が
まだ、します。

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2006年03月09日

セロ弾きのガリバー

         cello.jpg
「蝶と骨と虹と〜坂本弘道 独演 第一夜」@明大前キッド・アイラック・アート・ホール


大晦日の爆裂チェロに魅せられ、忘れられず、
東京へ戻ると夜は坂本さんのソロライブへ。

会場は前にイラクの写真展などを観に行ったことのあるギャラリー。
その時もいい空間だなとは感じましたが、
火花散る坂本さんの公演を、あの狭い空間でやって大丈夫なのかと
ひやひやして行きました。

けど、結果的には場所と合っていたなぁという感じでした。
「どうも」とほぼ息だけの声で挨拶してから
一時間半ぶっとおしの演奏。
ライブというよりも、舞台。
そう、なんだか演劇的舞台的な空気を醸し出していました。

またしてもギターのようにチェロを担いでは、
ピック(割れる)でかきならしたり、
弓とノコギリで演奏したり、
太鼓のバチをとりだしたり、
なにやら電動マッサージ器みたいなのや
チェーンソーのようなものをウィィイーンと作動させたり、
オルゴールを指でならしたり、
チェロを逆さにして、掃除機のように床にごりごりとこすりつけたり、
そして、あずきを…。
チェロケースから盆に乗ったあずきを取り出し、
そこいら中にばらまきました。
しかも暫くしてからもう一枚…。
あずきの入ったチェロで「波の音」をやったりと、
今回は火花こそ飛ばなかったものの、
やっぱり相当な爆裂っぷりでした。


あずき.jpg  散らばったあずき達…

  
普段、楽器を投げつけたりするなど、
乱暴な感じの「音楽」はそんなに好きじゃないのですが、
坂本さんは、見ていて面白く、また圧倒されて、
そして「アートだな」と思います。
このひとはモノを粗末に扱っているのではなくて、
あくまで自分の表現の媒体として使っているのだと
なぜか強くそう感じます。
あれだけ暴れてもちっともヒステリックじゃないし、
どこか高尚とすら思えます、なぜか。
そして、そのパフォーマンスに
かつてのアンデパンダン芸術運動を見出します。
こんなにも「動きのある」アーティストは
なんだか今は珍しいような気がして。

身体が大きいというだけでなくて、
坂本さんのチェロは小さく見えます。
そして、坂本さんには
日本もきっと、狭すぎます。
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ベンに恋して

ベン・シャーン展@埼玉県立近代美術館


好きな画家はという問いを投げかける人はめったにいないので、
私はあんまり彼の名前を答えることができません。
ちょっと残念です。
だから訊かれてもいないのに、また、
答えても知っている人は殆どいないのに、
「ベン・シャーンっていう画家が好き」
と言ってしまいます。
東京を脱出し、このたび久々に彼と再会しました。


ベン・シャーンとの出逢いはたしか16の時でした。
偶然「ぴあ」で見つけたかわいい落書きみたいな絵に惹かれて、
美術展に行ったら、観覧料が300円でびっくりしたのを覚えています。
そしてその300円で、大げさかもしれませんが
私の人生はがらりと変わりました。

前にテレビで綾戸智絵さんが、ゴスペルに出逢ったときの感覚を
「自分にぴったりのジーンズを見つけたときのような感じ」
みたいな言葉で表現していましたが、
私も、今思えばそんな感じでした。
自分の為に作られたかのように、
なにもかもぴったり。
「あーこれ自分のだ!」と叫んでしまいたくなる感じ。
あと私は、鏡みたいだとも思いました。
初めてのぞく鏡みたいで、
うつってるのはそれまで見えてなかった自分でした。

ベンの絵は観るだけでもたのしくて、
まねして描いてもたのしくて、
その後の自分の絵に随分と大きな影響が与えられました。
絵に影響が出るってことはつまり、
私という一個体への影響につながってます。


既に亡くなっているベン・シャーンに恋をしたものの、
展覧会自体あんまり開かれないというのと
開かれても私からの情報収集がうまくいかなかったのとで
暫く逢えずにいました。
最初に観た時はまさかその後そんなに苦労するとは知らず、
画集すら買ってませんでした。
私のベンへの思慕はつのるばかり。

高校の美術の教科書や美術室にある参考書のなかで
一枚二枚の彼の絵を発見しては興奮し、
古本屋さんでシミの付いた汚れた400円の画集を
それでも大喜びで買って帰って、
福島の美術館に常設されてると知って
そのためだけに福島に行って、けど画集がなくてがっかりして、
そんなこんなでようやくの
ベン・シャーン展。

初めて観る絵も多く、またモノクロの画集でしか知らなかった絵、
自分が勝手に模写して彩色した絵なんかを多く目の前で観れて、
感激でした。
ハムレットシリーズもおもしろかったです。
展示が終わったところで観客が描く用の大きな紙が貼られてたので、
ベンへのオマージュ(パクリとも言う絵)
を捧げておきました。

画集も購入。
けど、せめてカラーの作品は全てカラーで載せて欲しかったです。
その他美術館自体には改善の余地があるんじゃないかとも
思えましたが、
けど、なんだか長年の夢が叶ったようで。
織姫と彦星の気分です。
勝手に私の彦星にしちゃって、
ごめんね、ベン。
posted by Cui at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月07日

印象バトン


どんなひとこんなひと

印象バトンというのに答えましたので見たい人、どうぞ。


印象バトンを読む
posted by Cui at 12:40| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月03日

ノクシ・カタ

      P2160482.jpg

バングラデシュの伝統刺しゅうと作り手の想い展@表参道アートスペースリビーナ


久々に行く展覧会は、私個人のつぼにはまるアジアもの。
ノクシカタというバングラデシュの伝統的な刺繍の展示と販売でした。

やっぱりこれらの作り手(売り手)は貧しい人が主体のようです。
上に載せたような象さん布が一枚売れれば暫く分の学費や食費にあてられるという
ことでした。
「あなたにとってほっとするひとときは?」という質問に
刺繍をしている時、と答えている人もいたので、
単なる労働にはなっていないのかなと、少し安心です。
けど仕事が得られない人も、まだまだ多いのだろうな。
アジアに限った事ではないけれども。

展示メインではなく、むしろ販売に力が入ってました。
フェアトレードというらしく、
海外協力の一環だというのですが、
正直、私の場合、「欲しいから買う」という感じで
長いこと何を買おうかなとまわっていました。

こんなん買いました↓

P3030486.jpg
象さんポーチ。
上の象さん布や、ほかにもいろいろ買ってしまったのでした。

普段からこういったデザインのものが好きで、
よく買っているので、
それが「協力」だとか、
ましてや「寄付」なんて言われるとどうも申し訳ない気分になりますが、
けど結果として学校に通えたり食事が充分に摂れたりと
いうことになるならそれはそれで、嬉しい限りです。
けど、ありがとうっていう言葉は期待しません。
しちゃいけない気がします。

私の贅沢支えてもらってるのかなぁという気も
するし、お互い嬉しいならそれでいいかなとも考えてしまって、
なんとも複雑ですが、
最終的な感想としては、
やっぱりこういうアジアなものが、
好きです。わたし。

posted by Cui at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鬼は外、桃の内


桃の節句です。
おはなをあげましょもものはな。

去年台湾の故宮博物院へ行った時、
日本のツアー客のこんな言葉が耳に入りました。
「仙人って何でモモ持ってんの?」

なるほど、これは仙人研究生としては調べねばなりません。
すもももももも、なにか関係がありそうです。


中国語で桃はtaoと発音しますが、
日本と同じ様に、違う字で同じ発音、というのが
中国でももちろんあります。
同じtaoという発音のものの中に、「逃」というのがあって、
この字は「悪鬼から逃れる」とか、
そういった意味が含まれているそうです。
そこで同じ発音の「桃」にその性質をかぶせ、
「桃=魔よけ」
という構図をとるようになったようです。
寿命を縮める悪鬼と不老長寿の仙人が対極に置かれ、
そして桃が仙果として現れるようになったのでしょう。

あとこれは卑見なのですが、
「桃太郎」は桃から生まれて、鬼退治をしますよね。
これもこの図式にのっとってるのではないのでしょうか。
桃太郎が連れた犬、猿、キジも、
中国の五行説における十二支(子丑寅…っていうアレです。)
で、鬼門である丑寅と真逆の方位にある
申・酉・戌(サル・トリ・イヌ)からきていると聞いたことがあります。
お供も必然だったならば、桃から生まれたのもそうだったのでは
ないかな。

桃の節句に関するお話も一つ。
日本の古い話の中に、蛇の子を孕んでしまった女が
桃の酒を呑んで蛇の子を堕ろした、というものが
あるそうです。
(人から聞いた話で、読んだ事はないのですが。)
そしてそれが、
ひなまつり(桃の節句)と関係あるとか何とか…
女の子を守る、ということでしょうか。
面白い話なのに、おぼろげにしか覚えてないのが悔しいです。
出典がわかる人いたら、教えてください。


今日はたのしいひなまつりです。が、
桃の節句も節分も、なんだか鬼は外ばっかりで、
鬼がちょっと、かわいそうになりますね。



posted by Cui at 08:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 仙人談義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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